即身仏になる方法

即身仏になるための修行
 即身仏になるためには、多くの修行を積まねばならない。これには二つの側面がある。
・即身仏になるという行為は、過酷な修行の最終形と位置付けられているから
・即身仏になるためには、死後も腐りにくいように肉を落とす必要があるから
 本来の修行の目的は即身仏になることではなく、己の悟りを開くことにあるはずだが、少なくとも現在残る即身仏は入定することを最大の目的とした感が強い。
湯殿山行者の修行
 現在、出羽三山に残る即身仏は全て、湯殿山での過酷な修行の末に即身仏なったものである。彼らの行った修行の内容を見ると、即身仏になるための「資格」を得るためにどれだけの苦行を積まねばならないか、ということが窺われる。
木喰行  山に篭り、穀物を食べないで修行する。「五穀断ち」と「十穀断ち」の2種類があり、それぞれ何が含まれるのかは諸説あるが、木喰行を行うと基本的には木の実以外のものは口にしない。本明海上人のように松皮を食べていた例もある。
 これらの木喰行は千日から三千日続けるが、人によっては五千日行う場合もある。仏海上人は35歳から41年(=一万五千日)も続けたといわれる。
五穀米・麦・粟・黍・大豆 米・麦・大豆・小豆・胡麻
十穀蕎麦・小豆・稗・芋・唐黍粟・蕎麦・黍・稗・唐黍
水垢離  湯殿山の仙人沢に篭る「仙人沢山篭修行」では、毎日奥の院に参詣し、水垢離を行う。単に水をかぶるのではなく、冬でも川の氷を割って体を沈め、掌に立てた蝋燭が燃え尽きるまでじっと浸かりつづける。
手行灯  掌に百匁の蝋燭を立て、燃え尽きるまで支え続ける行
漆を飲む 即身仏を志す修行者が行ったもので、「死後に体が固まりやすいように」という理由で、毎日漆を飲んでいたという。
土中入定
 土の中に入って入定するというのが、湯殿山での最もポピュラーな入定方法である。
 実際に入定を決心した行者は、断食状態に入り、自らの体をいよいよ骨と皮だけにするように努める。入定の場として用意される土中の穴は「かろうと」と呼ばれ、その中の棺に入って土を掛けてしまう。わずかに空気穴としての竹筒が通されるだけで、中は全くの暗黒となる。
 多くの行者はこの中で鉦を叩きつつ、念仏を唱えながら餓死するのだ。従って、入定時に信者に対して「鉦の音が聞こえなくなったら、入定したと思ってくれ」ということが多い。入定したと確認されたら、空気穴である竹筒を抜き、そのまま完全に穴をふさぎ、一定の期間後に掘り出して即身仏とする。通常は三年経ってから掘り起こすが、光明海のように「百年後に掘り起こせ」と遺言する場合もある。
今、即身仏になれるか
 上記の方法で即身仏になるには、間違いなく人の手助けが必要となる。現存する即身仏もすべて、近隣の信仰を集めた修行僧が多い。これだけの信仰は実際には過酷な修行と卓抜した日頃の行跡がなければ得られないものである。
 仮にこれだけの修行を続け、信仰を克ち得ることが出来たとしても、現在土中入定により即身仏になるのは大変難しい。それは法律に触れるからである。明治初年に墳墓発掘禁止令が発布されたことにより、鉄竜海上人は入定年を偽り、仏海上人は入定を認められなかったと言われている(仏海上人は死後かろうとに納められたが、三年後に掘り出すことができず、学術調査として掘り出されたのは58年後のことだった)。
 現在は刑法第189条に「墳墓発掘」を禁じる規定があり、また入定を助ける行為が刑法202条の自殺幇助に問われる可能性もある。極秘裏に入定すれば、入定した本人が罪に問われることはないが、それを助けた信者が罪に問われる可能性がある。その危険を信者に冒させてまで入定する例は流石にないと思われる。