古くから知られているとおり、中国にもミイラがあります。勿論、ここで取り上げる以上、スウィンヘディンの「楼蘭の女王」の類ではありません。純粋に仏教的見地からミイラに作られたものです。
 中国でもこの種のミイラは信仰の対象となっていますが、私の知る限り中国圏に残っているものは全て死後ミイラ作られたもののようです。とは言え、日本より長い歴史を持つ国のことですから、非常に貴重なミイラが残っています。
 中国のミイラとして知られているものとしては、六祖慧能、敢山徳清、丹田(以上広東省南華寺)、文偃(広東省大覚寺)、遠岸(広州市大通古寺)、通天(四川省沈香寺)、了凡(江蘇省高旻寺)、慈航(台北市弥勒院)などが挙げられます。またこの他にもチベットにダライ・ラマとバンチェン・ラマが金色のミイラとして祀られているのも有名です(拝観できませんが)。更に日本にも慧能の高弟であった石頭和尚(790年没)のミイラが湖南省の南寺から辛亥革命後中国から持ち帰られて現存しています。
 こういうもののほかにも恐らくたくさんの知られざるミイラがあるような気がします。事実、九華山のミイラなどは日本では殆ど知られていないようです。以下、私の実際に訪問した3ヶ所につき、コメントしたいと思います。

南華寺(広東省韶関市)

 南宗禅法の祖庭として有名な名刹で、かつては宝林寺と言ったが、宋代に南華寺と改名された。677年に慧能がこの寺に入って南宗禅を確立したことから現在に至るまで栄えている。この寺には3体のミイラが残されている。この中に六祖慧能も含まれており、中国に現存する最古のミイラと言われている。
 慧能は638年に生まれ、五祖弘忍から衣鉢を嗣いで六祖となった(六祖とは禅宗二十八祖にして中華初祖である達磨大師から数えて6番目という意味であり、二祖慧可、三祖僧燦、四祖道信と伝えられる)。南華寺で南宗禅を確立して36年間教化につとめ、晩年である713年に故郷の新州国恩寺で遷化したと伝えられる。その体はミイラとして南華寺六祖殿に安置されており、既に1300年近くを経過していることになる。
 六祖殿では、中央に慧能、左右に明代高僧の敢山徳清と丹田和尚のミイラが安置されており、誰でも参ることができる。3体とも共通しているのが、死後まもなく全身漆塗りとしたため、外見がほぼ生前の姿のまま残っている点。これは日本のミイラには見られない特徴であり、そのためか肉身像ではなくただの仏像と思っている人もいるらしい。「歩き方(華南編)」は日本で南華寺を取り上げている数少ないガイドブックだが、肉身像であることには一言も触れずただ「慧能像」と記されているだけである。
 慧能のミイラは衣を着たまま全身に漆を塗ったようで、法衣毎固められており、その上から法衣を着せられている。日本では考えられないことだが、観光客はかなり写真を撮っていた(一応表には撮影禁止と書かれていたが・・・)。

九華山(安徽省)

 仏教四大名山の一つとして名高い山。新羅の王族と伝えられる金喬覚が781年に化城寺を創建したのが始まりで、文革では破壊の対象となったが現在でも74の寺院を抱えており、その戒律は昔ながらの肉食禁止・妻帯禁止で厳しい。
 この山でもミイラが作られていることを知る人は意外と少ない。私も行って初めて知ったぐらいである。九華山で宿泊した聚龍大酒店で夜間に九華山紹介のビデオを流しており、その中で紹介されていたのだが、後で確認したところでは全部で四体のミイラがある。
 百歳宮に祀られている明代の無瑕大師、通慧庵にある1994年の尼僧、肉身殿にある1998年の慈明和尚、それに九華山近くにある青陽県にも元代の海玉和尚のミイラがあるという。伝説では開祖金喬覚もミイラとして肉身宝塔内に安置されているという。
 ここのミイラで驚くべき点は2点ある。1つは、ミイラがまさに日本ミイラと同じ状態であることである。すなわち、骸骨のようなミイラであり、無瑕和尚はその骸骨のような体に金箔が塗られているようだ。私が実際に見たのは慈明和尚のミイラだけであったが、これは漆塗りとなっていた。
 もう1つは、先に紹介した年代でも分かるとおり、現在になってもミイラが作られていることである。現代のミイラとしては台湾の慈航大師の例があるが、ここにある最近のものは何と1998年である。ミイラの作り方もかなり特殊であり、死後すぐに甕に納めて埋葬して3年後に取り出して甕を開ける。このとき遺体が腐敗していなければ、尊い遺体としてミイラに作りあげるのである。
 それにしても、先に述べた九華山紹介ビデオは凄い代物であると思う。九華山のミイラ実物を紹介するのみならず、生前百歳宮の鐘突きであったという慈明和尚の生前の姿と、死後3年目に甕を開けたときの画像(見たところ仏海上人の遺体並みに崩れているようだった)をそのまま紹介しているのである。九華山観光の一般ルートに百歳宮が含まれておらず、無瑕大師のミイラも実際に拝観できなかったことと、通慧庵へ無理を言って立ち寄って貰ったのに昼休みで結局拝観できなかったことは痛恨であった。

弥勒内院(台湾台北市)

 台湾で唯一知られる即身仏。慈航大師は台湾ではとても有名な高僧で、台湾から東へ4駅の汐止にある弥勒内院では「慈航紀念堂」という巨大な建物を作り、彼の即身仏を祀っている。
 慈航大師の即身仏は、紀念堂の更に上に伸びた階段の一番上のお堂に安置されている。全身に金箔が施されたもので、その作りは中国のそれを彷彿とさせるものがあった。